VoL.9 ~チルー様、明日もお待ちしております~ [犬ばか歳時記]
前略 犬ばかの皆様、春です!
生きとし生けるもの、すべてが光り輝き、犬たちはゴムまりのように弾みながら草むらにずんずん分け入ります。
道をゆく小学1年生のランドセルの、真新しい革の匂い。なにもかもが神々しい光を放つこの季節、あまのじゃくな私は、ふと悲しい気持ちになります。
それは、冬から春への移り変わりがあまりにも眩しくて、自分よりもずっと短い寿命を持つ犬が、またひとつ季節を経てしまったという事実をつきつけられるからです。
生き物は生まれたその瞬間から、死に向かう長いじゅうたんを一歩一歩あゆんでいる(映画「グリーンマイル」より)と言いますが、私のじゅうたんとチルー(犬)のじゅうたんを比べてみたら、チルーのは、ほんのそこまでしかないのです。
しかも、常に小走りのチルーゆえ、その短いじゅうたんをスタスタと無邪気に進んでしまうでしょう。なんだか切ない話じゃありませんか。
そんなとき、普段は「オーイ、そこの雑種」とか「アホ山チル子」とか、ときには「やい、非常食」などと呼んでいるチルーのことを、意味もなく抱きしめ、「長生きしろ。チルーのじゅうたん、のびろ、のびろ」とお願いします。
散歩に行くのがつらい日も、あと何回散歩に行けるだろうかと思うと、行かずにはおれません。
冬の間犬小屋につっこんでいた毛布を引っぱり出して陽に干すと、こぎたない毛布は、なんともいえない獣の匂いがして、またもや胸がきゅうんと締めつけられます。
チルーは生き物なんだ、いつかはいなくなってこの毛布だけが残るんだ……と。
だけど、そんな遠い先のことを考えてブルーになるなんて、せっかくの春がもったいない。
毎日、寝て食って散歩できればそれでいいのだ。まずは朝メシで腹ごしらえです!
このところチルーは朝メシの量を減らしているので、ラーメン屋さん「天下一品」のクジで当たった小鉢に、乾きもの(ペットフード)ひと握りを入れて食べます。
サービスとして「しる」がつくこともあります。
「しる」とは、味噌やしょうゆで味つけする前の、いわゆる「ダシ汁」のことで、私たち人間の献立がどうなっているかによって出たり出なかったりします。
「しる」がかかっているときのチルーの食べっぷりは、かかっていないときよりも断然よいので、できれば毎日出してあげたいですが……努力します。
乾きものは、ごくまれに「ひやごはん」になったり「パンの耳」に変更になったりします。
京都が発祥のラーメン屋さん「天下一品」に行ったことのある方は御存知かもしれませんが、ここのラーメンどんぶりの内側には、「明日もお待ちしてます」という文字が印刷されていて、ラーメンが入っているときは見えないのだけれど、食べ進むとその文字が出てくるようになっています。
チルーが使っている「天下一品」の小鉢は、このラーメンどんぶりをそのままミニチュアにしたものなので、もちろん、同じセリフが書いてあります。チルーがエサを元気に食べて「明日もお待ちしてます」という文字が現れるのを見ると、私の心は弾みます。
だってそれは、私がチルーに永遠に言っていたいセリフなのですから。
(2004年『S.P.Splendid!』3月号掲載)