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Vol.5 ~犬のおまわりさん 本日もパトロール中!~ [犬ばか歳時記]


はっ、鼻の冷たい警察官、チルー巡査であります。紀州犬雑種、2歳であります。本官は、散歩中といえど、いかなる事件にも対応できるよう、つねに地面を嗅いでいるのであります。特技は「匂い走り」と「ほふく前進」であります!
 てな具合に、動物にセリフをつけるのは、とても愉快な遊びです(とくに酔っている時はネ)。ただし日本犬の場合は、どうしても警官か軍人のキャラになってしまう場合が多いです。雰囲気的に。
 
 さて、チルー巡査と一緒にご近所をパトロールしていると、巡査が地面ばかり見ているものだから、自分も地面ばかり見ることになります。
同じアスファルトでも、黒っぽくて粘着質でギラギラしているやつ、ツルンときめ細かいやつ、キラキラの粒が混入しているやつ、いろいろあるんだなァ、と。
チルー巡査は、その質感をひとつひとつ確かめるように、鼻を地面につけて匂いながら小走りします。そして坂のてっぺんまでくると、立ち止まって放尿。自分のシッコが坂道を流れていく様子を確認し、きびすを返して、もと来た道を戻るのであります。巡査の任務、これにて完了です。

                    

 パトロール中には、さまざまな動物の死後の姿に出くわします。夏の終わりには「ジ ジ ジ(サ・ヨ・ナ・ラ)」と言いながら動かなくなるセミ、アリに運ばれているクマバチ、カチカチにひからびたミミズ、ぺしゃんこのカマキリなど……往来の真ん中で大往生しているのは、たいていが昆虫か爬虫類。不思議なことに、あれだけたくさんいる鳥たちは、ほとんどそのご臨終の姿を見かけません。

けれども、チルー巡査が引っ張るのにまかせて茂みに入ってみると、そこにはまるまると太ったキジの死体が!! 神社の軒下には、もうなんの鳥だか分からないほどに、きれいに分解された鳥の姿が!!こんなふうに人目につかないところで倒れているということは、力つきる寸前に物陰に身を寄せるということで……鳥って意外と武士だなぁと、感動するチルー巡査と私です。

 このようにチルー巡査も私も、パトロールの最中、あまりにも地面ばかり見ているので、意識が完全に二次元(平面)の世界になっています。
いちど、柵の上にいる黒猫の存在に気づかずに大接近してしまい、フイに猫パンチをおみまいされました。とつぜん背中に攻撃を受けたチルー巡査は、驚きのあまり「ぎゃいーん!」と、犬とは思えぬ叫び声を上げ、ご近所の人が「すわ一大事」と飛び出してきてしまったのでした。
……とてもイノシシを追う犬(紀州犬)の血を引く犬とは思えん失態です。情けない話ですが、巡査はその後半年ほど、この道を通ることができませんでした。

シロわんわん?

 先日のパトロール中のことです。向こうから、小さな男の子と、そのお父さんが仲良く手をつないで接近してきました。男の子はチルー巡査を見て、「うわぁ、かわいいねぇ! かーわいい わんわんだねえ!」と感嘆の声をあげ、お父さんも「うん、かわいいわんわんだね」と答えました。
チルーと私はやや誇らしげな気分で歩みを進め、いよいよその親子連れとすれ違うことに。
そのとき、男の子がお父さんに「ねえ、なにわんわん?」と聞きました。犬の好きな子供は、犬の種類を知りたいのです。
 体が白く、目と耳が大きく、キツネに似て足が細く、耳と背中がほんのり茶色いチルーを凝視したのち、お父さんは「ざっ……シロわんわんだよ」と答えました。

 私は、次第に小さくなってゆく親子のうしろ姿を眺めながら、お父さんの言った「ザ・白ワンワン」の意味について考えました。なぜお父さんは白ワンワンに冠詞をつけたのであろう、と。そして気づいたのです。「ざっ」は「THE」ではなく「ざっしゅ」の「ざっ」であると。「ざっしゅわんわんだよ」と言いかけて「シロわんわんだよ」と言い直したのだと。なにせ、種が雑と書いて雑種ですからネ。お父さんの微妙な「ゆらぎ」が、「THE白ワンワン」となって現れた夕方でした。
                     
                                          
             
 こうして、チルー巡査と私の散歩、いやパトロールは、この地球上で繰り広げられている小さな小さな事象を目の当たりにしながら、毎日、朝晩繰り返されているのです。
(2003年『S.P.Splendid!』11月号掲載)


2006-02-10 10:42  nice!(0)  トラックバック(1) 

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