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書きおろし・第2回 わんの一番長い日の巻き [犬ばか歳時記]

書きおろし・第2回 わんの一番長い日の巻き

犬を飼う者として年に1回忘れてはならない行事、それは狂犬病予防注射。
うちのあたりは、毎年春になると郵便でお知らせがきて、注射日と場所が告知されます。もちろん、「枚方の狂犬」ことチルーのもとにも、お知らせがやってきました。

場所は、うちから歩いてゆける距離の公民館。
普段の散歩コースからは外れているので、そっちへ連れて行こうとすると、敏感な犬は、「ややっ、きょうは注射だな」とわかるようです。
去年のチルーは、公民館へ向かう道すがら、1回吐きました。
緊張して、気持ちが悪くなったのだと思います。今年は、大丈夫でした。

注射の好きな犬などいないと思いますが、チルーは無類の注射嫌いで、まだ針をさしていないのに「がるる」と怒ります。
そもそもの発端は、子犬のときの初めてのワクチン注射。
直前に、おしりの穴に体温計を入れて体温を測ったのがトラウマになっているようで、白衣を着た獣医さんを見ると、「我、ハズカシメを受ケズ!」と一目散に逃げ出してしまうのです。

なので、公民館が近づいたら、チルーを抱きあげ(かなり重い)、獣医さんが視界に入らぬように後ろ向きに近づいていきました。
獣医さんも、暗黙の了解のごとく、柱の陰からさりげなく、すっと出てきてブスッと注射針を犬の背中に射しました。
チルーは「きゅー」と小さく1回鳴きましたが、気づけば注射が終わった後でした。
よその利口なレトリーバーなどは、きちんとお座りして獣医さんに背中を向け、注射をさされても「ぐっ」と言うだけでこらえていて、えらいナアと思います。

初めて狂犬病注射に行ったときは、私がまだ段取りをわきまえていなかったので、チルーはすったもんだのあげく「ぎゃう! ぎょえー!」と町内に響き渡るおたけびを発したものです。
わたしは周囲に「すんません」と恐縮しながら家に帰り、自分が耳にピアスの穴を開けたときも断末魔の叫びを上げたことを思い出し、チルーに好物の煮干しをやりました。
あれから比べれば、私も犬も、成長したものです。

    


注射が済むと、支払いをすませ、犬シールと鑑札札をもらいます。
世の中にさまざまな犬グッズあれど、わたしはこの「鑑札札」ほどしびれる犬グッズはないと思います。
だって一匹にひとつの番号だもの。
カンサツフダという発音もいいよね。

「犬」シールも、都道府県によってデザインがちがうので、他府県に行くと、人のお宅の玄関先に貼ってある「犬」シールの写真を撮ったりします(怪しまれる)。
毎年貼り替えずに、どんどん翌年の「犬」シールをとなりに並べて貼っていくお家もあります。
並んだシールが、ある年からとぎれて、そのままになっていると、「あ、ここんちの犬、あの世へいっちゃったのかな。さみしいだろうな」と想像するんです。(シールでそこまで広げるな?)

         
注射が終わって昼寝をしているチルー。
どうも注射の悪夢をみているようで、寝ながら小さく吠えています。


来年も無事に注射できるといいな~。

 


2006-05-25 17:13  nice!(0)  トラックバック(1) 

書きおろし・第1回 入院・ハラキリ・エリザベスの巻 [犬ばか歳時記]

書きおろし・第1回 入院・ハラキリ・エリザベスの巻
 

 

あるときは靴下泥棒(なぜか右足ばかり)、あるときは鼻のつめたい捜査官、そしてあるときは、たたけばホコリのでる雑種犬(関西の黄砂のせいです)。そんなチルーの「犬ばか日誌」が帰ってきたヨ!
 なんと今回からはインターネット上での連載になったので、より新鮮な雑種犬話をお届けできるはず、という事で題名が「犬ばか歳時記」になりました。どうぞお見知りおきを。

さて本日のチルーニュース! ハレの第1回としてはどうかと思いますが、先月、チルーさんが人生初のハラキリ手術とエリザベスを体験なさった話題です。

ある日、朝起きると小屋を飛び出してくるはずのチルーが、小屋にひきこもって出てこない。
好物の煮干しを鼻先に持っていっても食べない。
いつもなら、人を倒してでも奪い取るニボシに見向きもしない。
肉でも駄目。
ぐったりしてる。
これはやばい!
あわてて獣医さんに連れて行ったところ、おなかに膿がたまっているとのことで、即入院。
その日の晩に、おなかを開いて緊急手術。手術は成功し、3日後には退院しましたが、おなかの傷を縫った糸を噛んでしまわないように、抜糸までの1週間、首にラッパ状の「かぶりもの」がつきました。
これが世間で言うエリザベス! 洋犬ならまだしも、日本犬の、しかも雑種がすると、なんだか不思議な雰囲気に。                

「こちらチルー、こちらチルー、応答セヨ、こちらチルー」
果たして宇宙からの応答メッセージはあるのか!?


エリザベスの直径は自分の体の幅よりも広い。
そのため、散歩中、電柱と外壁の間に「がしっ」とぶつかったり、犬小屋に入れなかったりするのが難点。あちこちぶつけて次第にエリザベスがいい感じのぼろになっていきました。こういうぼろぼろのアンテナで宇宙と交信しているテキサス州のおじさん(NASA大好き)、いそうだね~と。

  チルーのエリザベスは1週間後の抜糸とともに取りはずされ、現在はもとの姿に戻っています。おなかを開くために剃った毛も、だんだん生えてきました。正味な話、今回の一件で、チルーの存在の大きさをひし、と感じました。本犬には言わないけれど、健康でいてさえくれれば、お手なんてできなくても、もう馬鹿でもなんでもいいです。チルー、愛しているさ~。
                              

 

 


2006-05-01 19:31  nice!(0)  トラックバック(1) 

VoL.9 ~チルー様、明日もお待ちしております~ [犬ばか歳時記]

前略 犬ばかの皆様、春です!


 
 生きとし生けるもの、すべてが光り輝き、犬たちはゴムまりのように弾みながら草むらにずんずん分け入ります。
道をゆく小学1年生のランドセルの、真新しい革の匂い。なにもかもが神々しい光を放つこの季節、あまのじゃくな私は、ふと悲しい気持ちになります。
それは、冬から春への移り変わりがあまりにも眩しくて、自分よりもずっと短い寿命を持つ犬が、またひとつ季節を経てしまったという事実をつきつけられるからです。
 
 生き物は生まれたその瞬間から、死に向かう長いじゅうたんを一歩一歩あゆんでいる(映画「グリーンマイル」より)と言いますが、私のじゅうたんとチルー(犬)のじゅうたんを比べてみたら、チルーのは、ほんのそこまでしかないのです。
 しかも、常に小走りのチルーゆえ、その短いじゅうたんをスタスタと無邪気に進んでしまうでしょう。なんだか切ない話じゃありませんか。
そんなとき、普段は「オーイ、そこの雑種」とか「アホ山チル子」とか、ときには「やい、非常食」などと呼んでいるチルーのことを、意味もなく抱きしめ、「長生きしろ。チルーのじゅうたん、のびろ、のびろ」とお願いします。
散歩に行くのがつらい日も、あと何回散歩に行けるだろうかと思うと、行かずにはおれません。

                      

                                          

 冬の間犬小屋につっこんでいた毛布を引っぱり出して陽に干すと、こぎたない毛布は、なんともいえない獣の匂いがして、またもや胸がきゅうんと締めつけられます。

チルーは生き物なんだ、いつかはいなくなってこの毛布だけが残るんだ……と。
 
 だけど、そんな遠い先のことを考えてブルーになるなんて、せっかくの春がもったいない。
毎日、寝て食って散歩できればそれでいいのだ。まずは朝メシで腹ごしらえです!

                    

 このところチルーは朝メシの量を減らしているので、ラーメン屋さん「天下一品」のクジで当たった小鉢に、乾きもの(ペットフード)ひと握りを入れて食べます。
 サービスとして「しる」がつくこともあります。
「しる」とは、味噌やしょうゆで味つけする前の、いわゆる「ダシ汁」のことで、私たち人間の献立がどうなっているかによって出たり出なかったりします。

「しる」がかかっているときのチルーの食べっぷりは、かかっていないときよりも断然よいので、できれば毎日出してあげたいですが……努力します。
乾きものは、ごくまれに「ひやごはん」になったり「パンの耳」に変更になったりします。

 京都が発祥のラーメン屋さん「天下一品」に行ったことのある方は御存知かもしれませんが、ここのラーメンどんぶりの内側には、「明日もお待ちしてます」という文字が印刷されていて、ラーメンが入っているときは見えないのだけれど、食べ進むとその文字が出てくるようになっています。

              

チルーが使っている「天下一品」の小鉢は、このラーメンどんぶりをそのままミニチュアにしたものなので、もちろん、同じセリフが書いてあります。チルーがエサを元気に食べて「明日もお待ちしてます」という文字が現れるのを見ると、私の心は弾みます。
だってそれは、私がチルーに永遠に言っていたいセリフなのですから。
(2004年『S.P.Splendid!』3月号掲載)

 


2006-04-13 19:49  nice!(0)  トラックバック(1) 

Vol.8 ~喫茶チルーへようこそ~ [犬ばか歳時記]

 ~喫茶チルーへようこそ~

 皆様こんにちは。犬ばかです。
京都と大阪のちょうど中間地点に住んでいる私は、自営業ということもあり、普段はあまり繁華街に出ません。

       
東京から引っ越してきたので、碁盤の目のような京都はなんとか地図を見ながら歩けますが、ごちゃごちゃした大阪となると、いったいどこを歩いているのか分からなくなってしまうのです。

そんな私が、あえて喜び勇んで出かけるエリア、それが大阪の「えびすばし」。そこには電気街と道具屋筋があるのです。
東京でいうと、秋葉原と合羽橋がくっついたような地帯。そして雰囲気は神保町。
マッキントッシュユーザーである私は、ここまで来ないとマック用品が手に入らないという事情もありますが、ここらあたりをブラブラして、いろんな部品をチェックしたり、カラフルな電球を見たり、オタクやおじさんが熱心に話しているのを立ち聞きしたりします。
それから近くの「なんばCITY」に寄り、ソニープラザでこのフリーペーパーを5冊ほどお持ち帰りします(かなり挙動不審な感じで)。
 

 さて。道具屋筋には業務用の厨房用品を商う店がズラリと並んでいます。
大阪ゆえ、店頭のいちばん目立つところには、たこやき、お好み焼き、イカ焼きの機械。
お店の奥へ入れば、あらゆるサイズのお鍋、せいろなどの器具類。そして、キャベツのみじん切り機、大根おろし機、パンこね機など、お店仕様のマシーンの数々! そんな中でシロウトの私がなにかおみやげにするなら、クッキー型や喫茶店のメニュー立てなんかでしょうか……ややっ、見つけましたよ、鉄でできた「焼き印」です。
おまんじゅうや、卵焼きに押すと良さそうです。柄は、「寿」などの字や、干支の絵柄。ということは、犬もあるはず! と、探してみたらありました、犬の絵柄、しかも、巻尾で立ち耳のやつが。
「ひとつひとつ職人が手で彫ってるから、ちょっとずつ違うんですわ」と、お店のご主人。
私は、ふとももの肉付きがよい一匹をお買いあげ。さっそく家に帰って卵焼きに焼き印を押してみたら、あらステキ!
あっという間に「犬印卵焼き」のできあがりです。
喫茶店用コーナーで無地のコースター100枚350円も買ってきたので、プリントゴッコで自分の絵を印刷して「オリジナル犬ばかコースター」も作ってみました。
なんてオシャレなのでしょう! これでかねてからの夢だった、犬のいる喫茶店の開店へと一歩近づいた気がします。

                                                        
店の名は、「喫茶チルー」。椅子の脚をがりがり噛んで、歯と歯ぐきを鍛えている凶暴な犬がいる喫茶店。
お客様のドリンクや食べ物を犬が横取りする喫茶店。お手紙机があって、犬の郵便配達が手紙を運んでくれる喫茶店……(夢想はつづく)。

チルーのあらたな趣味は「溝」。
そこには犬なりの哲学が!?

 と、ここまで書いたところで実家の父(生粋の江戸ッコ)がうちに遊びにきて言いました。
「オイ、そろそろネタがないだろ、犬のやつ」。
父の言わんとするところは分かりますけれど、犬を飼っている人なら、犬にまつわるネタが無尽蔵なのはお分かりいただけるでしょう。
犬だって、毎日おなじことの繰り返しのようでいて、実はちょっとずつ変化しているのですから。

 今月のチルーさん(紀州犬雑種・2歳)はと申しますと、いま「溝」にハマっています。
溝というのは、道路の端に、雨水を逃がすためにつくられた側溝のこと。その中に入るのがいいらしく、散歩中も、溝を見つけては中に入り、溝がとぎれると仕方なしに道路を歩くといったあんばいです。
とくに深い溝と細い溝がお気に入りのようで、溝を走り抜けるときのチルーは、やけにイキイキと輝いて見えます。


人間にとっては取るに足らない溝も、犬にとっては切り立った崖、とも言えるわけで……今までとは視界が違って見えるのが魅力なのでしょう。
 
 この連載の第6回にて、じゅうたんのふちに沿って走る犬「やもやもちん」をご紹介しましたが、ひょっとしたら犬というのは、決められたレールを走るのが案外好きなのかもしれませんネ。
普段は飼い主の言うことをまったく聞かないチルーが、頼んでもいないのに溝の中を律儀にまっすぐに歩く姿は、なにか中国の故事のようでもあり、非常に示唆に富んだ景色なのです。
(2004年『S.P.Splendid!』2月号掲載)


 


2006-03-22 19:39  nice!(0)  トラックバック(1) 

Vol.7 ~犬みくじ・犬みやげのススメ~ [犬ばか歳時記]

心新たに迎える年初め。犬にだって「おみくじ」を引かせてあげたーい! そんな「犬ばか」桃子さんが、とうとう「犬みくじ」を開発、そしてプレゼンテーション!!チルーの2004年、どうなる!?

 明けましておめでとうございます。このページの愛読者である犬ばかの皆様方はモチロン、犬の皆さんも初詣に行かれたでしょうか。

たとえ家畜と言われようとも、犬だって家族の一員。人間同様、きちんと年迎えをしてあげたいものです。

当然わたくしも毎年、愛犬チルー(紀州犬雑種)を連れて初詣に。しかしながら神社の参道は、人でごったがえしているうえに、両側にタコヤキ、ヤキトリ、焼きそばなど、犬の大好物を商っている露天商が目白押し。道端にもその食べかすが落ちているわけで、しつけのなっていないチルーが足を踏み入れようものなら、たちまち食欲に支配された狂犬と化してしまうのです。

私は仕方なくチルーを抱いてお参りすることになるのですが、体重十数キロの犬を抱き上げるのは、なんだか照れるものですね。

この時期、混み合う境内で「通常抱き上げられることのあり得ないサイズの日本犬が、抱かれて複雑な表情をしている図」を目にしたあなた、それは過保護ではなく、拾い食いを阻止するためとご理解くださいませ。
 

さて、初詣のお約束になっている「おみくじ」。犬ばかとしては、犬が引けるおみくじがあったらいいのに、と思います。

しかし困ったことに、犬は手が器用ではないのでおみくじを振り出すことができません。そこでわたくしが考えたのが「犬みくじ」。番号をふった竹筒に、棒状のオヤツを一本ずつ差し、犬の前に置きます。

「待て」をさせたあと、「ヨシ」と言えば、犬はそのうちの1本をまず先に食べ始めるはず。その1本がささっている竹筒の番号を、犬が引いたことにするのです。
おみくじの結果は・・・

                 
「1番 大吉 身・技・体すべてが充実し磐石の体勢 縄張り広がり餌も増える ただし油断すれば失脚す とくに色をつつしめ」
「2番 小吉 朝晩の散歩にてジグザグ歩行等 わがままのきわみをつくせば家の内に不和が生じる さわぐ・吠えるは損 次第次第に栄えてゆく運勢ゆえ あわてず事にあたるべし」
「3番 凶 喧嘩は己のためにならず 用心して時の来るのを待て 目下の犬を慈しめばおのずと道はひらける 短気をいましめて身をつつしみ 授けられた自己の番犬業務を熱心につくしなさい」
「4番 中吉 呼べば来る・打てば響く犬として日々すなおな心で身持ちを正しくすべし 食欲をはなれて人のためにつくしなさい」
「5番 吉 何事も精進すれば願いは叶う ただし靴下・スリッパ等履き物を噛むは運気低下のもと いささかも不義の楽しみに身を過たぬようにせよ」


 ……こんな感じで作ってみてはどうでしょうか。ぜひともこの「犬みくじ」がソニープラザ様にて商品化されることを希望します。

 

旅行に出たときの
犬への「みやげ」

 ところで、いくら家族の一員だからといって、犬を温泉や飛行機旅行に連れていくわけにはまいりません。

近頃はわんちゃんと一緒に楽しめるカフェやペンションもできていますが、喧嘩上等主義の日本犬雑種はそういう空間になじめそうもありません。

うちの場合は数日の間、義父母に犬をお任せして旅行しますが、その間、チルーは餌を半分残し、次の餌がきてからそれを食べるそうです。

義父いわく、「飼い主がおらんということは、緊急事態、チルーにとっては死活問題や。だから延命のために餌を保存しておくんや。かしこい、かしこい」ということですが、チルーが本当にそんな先のことを考えているのか、普段の阿呆ぶりを見ているとにわかには信じがたく、真相は謎です。
 

けれども、チルーを緊急事態に追いつめたせめてもの罪滅ぼしにと、私たちは「おみやげ」の中から、煎餅や海産ねり製品など犬も食べられるようなものを少しだけ分けてあげます。

今までにチルーが興奮したおみやげベスト3
1位 「飛鳥の蘇(そ)」 奈良県のおみやげ。蘇とは、日本で初めてつくられた古代のチーズのこと。もっとも古い乳製品。少しだけちぎってやったら、とりこになった。
2位 「小田原の蒲鉾&蒲鉾板」 箱根温泉の帰りに購入。蒲鉾板は適度に味がして、噛むのにちょうど良いサイズ。
3位 「沖縄のサトウキビ」 茎は噛めば噛むほど甘い汁が出てくるのでヨダレ必至。繊維を裂くなど、長時間楽しめる。 
 
 以上です。こうやってみると、犬はそもそも肉食ですが、乳製品や海のもの、畑のものも好きなんですね。きっと、人間と長い間暮らしてきたせいでしょう。(2004年『S.P.Splendid!』1月号掲載)


 


2006-03-09 19:54  nice!(0)  トラックバック(1) 

Vol.6 ~犬はみんな変わり者の巻~ [犬ばか歳時記]

 犬にとって、食欲と睡魔、どちらが勝つのか。
チルー(紀州犬雑種・2歳)だけでなく、ほとんどの犬が「断然、食欲である」と答えるでしょう。
どんなに熟睡しているように見えても、おやつの袋をパリッと開ける音がすればたちまち覚醒。
すわ急げ、と食べ物めがけて猪突猛進。とぐろを巻いて寝ていても、遠くのほうで鳴いている犬の声には、いちいち起きてリアクション。
ものの本によれば、犬は睡眠中、嗅覚はお休みしていても、聴覚は働いているままらしい。
その証拠に、眠っているとき、犬の鼻は乾いているが、耳はぴくぴく動いている。
外敵やエサの情報を仕入れるため聴覚はONにしておくのですね。
忍者は風呂で湯船につかっている時でも中腰で、何かあればすぐに出られるようにしているそうですが、犬にとっても眠りとはつかの間の休息に過ぎず、真のリラックスは、死ぬまであり得ないのかもしれません。

 しかし、チルーにも食欲より睡魔が勝った時が一度だけありました。
それは、私たち人間どもが、家族でカニを食べていた時。
チルーはおこぼれに預かろうと、玄関でずっとおすわりをしていましたが、カニに夢中の私たちはチルーのことなど忘れ、おおいに食事を楽しんでいました。
酒も入り、宴もたけなわ。完全に無視していたチルーの存在をふと思い出し、玄関に見に行ってみると、そこには、おすわりをしたまま目をつぶって、ゆらゆら、舟をこいでいる犬の姿が……。
ときどきガクっとなっては、またおすわりし直し、ユラユラ、ゆらゆら。
まるで電車の中で立ったまま眠っているおじさんのごとく、ゆらいでいた。
その様子が愉快であったので、褒美としてカニの殻をあげたところ、一気に目覚めたチルーは、殻をばりばり囓って全部飲み込んでしまった。
父は「わはは、カルシウムやから大丈夫」と笑っていましたが……。

チルーに負けず、おもしろい犬たち

 チルーも変わり者だけど、正味な話、犬は一匹一匹が変わり者。それぞれに、ポリシー、習慣、悪趣味をお持ちです。
今回は、全国にいるチルーの仲間から、精鋭5匹をご紹介します。


1<京都の荒くれ者>ジャック


2<国分寺の野武士>ムー


3<滋賀の大きいチワワ>ドゥー


4<世田谷の姫>フジコ


5<群馬の律儀者>やもやもちん


6<枚方の無軌道>チルー

※ 写真はそれぞれの犬の飼い主が撮ったものです。

 京都府のジャックは、淀川をはさんだ向こうの山に住んでいる黒いレトリーバー。
一度、川を越えて遊びに来てくれました。
大型西洋犬特有の無邪気さでチルーのなわばりに堂々と侵入したジャックは、チルーが「オレっちの城」と死守していた小屋にもずんずん入って「ええ小屋やんか」といちべつしたあと、チルーの庭でほがらかに放尿。
大きな石をガリガリとチューインガムみたいに噛むくせをチルーが真似したときには、私の脳裏に「NOと言える日本」というフレーズが浮かんだものです。
そんなジャックは、NHKの『生活笑百科』のオープニングが流れると、どこにいてもTVの方に近づいて「アウー」と一緒に歌うそうです。きっと、笑福亭仁鶴のファンなのですネ。いろんな味がしみこんだ台拭きを噛むのも大好きだそうです。
 
東京都国分寺市在住のムー(雑種)は、散歩中つねに道の端から端へとジグザグ歩行するため、飼い主を悩ませています。
また、体を洗ってあげた直後に砂あびをするという、人にとってはある意味「いやがらせ」的な行為も、ムーにとっては野性の呼び声がそうさせるのだから、仕方ありません。

 滋賀県彦根市のドゥー(ロングコートチワワ)は、そのキュートな容姿からは想像できませんが、お父さんの水虫の足を舐めるのが大好き、という悪趣味をお持ちです。
お父さんがまんざらでもなさそうにしているというのが、ほほえましい家族のひとコマ。

 東京都世田谷区のフジコは、コッペパンのようにおいしそうな小麦色の毛と、つぶらな瞳が可愛らしい柴犬。
「耳の中がかゆいと、足を耳に突っ込んでグリグリ掻いています。その後でグリグリした足の匂いをクンクン嗅いだり、ぺろっとなめたりするので、見ているこっちがちょっと恥ずかしいです」とは飼い主の弁。名前も可愛いけど、癖も可愛らしい!

 そして私の友人である袖山さん宅で飼われていた「やもやもちん」。部屋犬ゆえ、「じゅうたんのふちどおりに歩く」という変わった習性を持っていました。
やもやもちんにとって、それは単なる癖というよりも生きザマであったようで、どんなに急いでいるときでも、このポリシーは曲げなかった。全速力で走りつつ、じゅうたんの端を直角に曲がったといいます。
「なんて礼儀正しい犬なんだ」と、人間たちは感心しましたが、実は仏壇のおはぎをコッソリ食べている犯人でもありました。
やもやもちんは昨年老衰で他界され、近々ご家族の方々によって法要も行われるそうです。
極楽浄土のじゅうたんのふちを、せっせと歩くやもやもちんの姿が目に浮かびます。合掌。
(2003年『S.P.Splendid!』12月号掲載)


2006-02-23 16:44  nice!(0)  トラックバック(1) 

Vol.5 ~犬のおまわりさん 本日もパトロール中!~ [犬ばか歳時記]


はっ、鼻の冷たい警察官、チルー巡査であります。紀州犬雑種、2歳であります。本官は、散歩中といえど、いかなる事件にも対応できるよう、つねに地面を嗅いでいるのであります。特技は「匂い走り」と「ほふく前進」であります!
 てな具合に、動物にセリフをつけるのは、とても愉快な遊びです(とくに酔っている時はネ)。ただし日本犬の場合は、どうしても警官か軍人のキャラになってしまう場合が多いです。雰囲気的に。
 
 さて、チルー巡査と一緒にご近所をパトロールしていると、巡査が地面ばかり見ているものだから、自分も地面ばかり見ることになります。
同じアスファルトでも、黒っぽくて粘着質でギラギラしているやつ、ツルンときめ細かいやつ、キラキラの粒が混入しているやつ、いろいろあるんだなァ、と。
チルー巡査は、その質感をひとつひとつ確かめるように、鼻を地面につけて匂いながら小走りします。そして坂のてっぺんまでくると、立ち止まって放尿。自分のシッコが坂道を流れていく様子を確認し、きびすを返して、もと来た道を戻るのであります。巡査の任務、これにて完了です。

                    

 パトロール中には、さまざまな動物の死後の姿に出くわします。夏の終わりには「ジ ジ ジ(サ・ヨ・ナ・ラ)」と言いながら動かなくなるセミ、アリに運ばれているクマバチ、カチカチにひからびたミミズ、ぺしゃんこのカマキリなど……往来の真ん中で大往生しているのは、たいていが昆虫か爬虫類。不思議なことに、あれだけたくさんいる鳥たちは、ほとんどそのご臨終の姿を見かけません。

けれども、チルー巡査が引っ張るのにまかせて茂みに入ってみると、そこにはまるまると太ったキジの死体が!! 神社の軒下には、もうなんの鳥だか分からないほどに、きれいに分解された鳥の姿が!!こんなふうに人目につかないところで倒れているということは、力つきる寸前に物陰に身を寄せるということで……鳥って意外と武士だなぁと、感動するチルー巡査と私です。

 このようにチルー巡査も私も、パトロールの最中、あまりにも地面ばかり見ているので、意識が完全に二次元(平面)の世界になっています。
いちど、柵の上にいる黒猫の存在に気づかずに大接近してしまい、フイに猫パンチをおみまいされました。とつぜん背中に攻撃を受けたチルー巡査は、驚きのあまり「ぎゃいーん!」と、犬とは思えぬ叫び声を上げ、ご近所の人が「すわ一大事」と飛び出してきてしまったのでした。
……とてもイノシシを追う犬(紀州犬)の血を引く犬とは思えん失態です。情けない話ですが、巡査はその後半年ほど、この道を通ることができませんでした。

シロわんわん?

 先日のパトロール中のことです。向こうから、小さな男の子と、そのお父さんが仲良く手をつないで接近してきました。男の子はチルー巡査を見て、「うわぁ、かわいいねぇ! かーわいい わんわんだねえ!」と感嘆の声をあげ、お父さんも「うん、かわいいわんわんだね」と答えました。
チルーと私はやや誇らしげな気分で歩みを進め、いよいよその親子連れとすれ違うことに。
そのとき、男の子がお父さんに「ねえ、なにわんわん?」と聞きました。犬の好きな子供は、犬の種類を知りたいのです。
 体が白く、目と耳が大きく、キツネに似て足が細く、耳と背中がほんのり茶色いチルーを凝視したのち、お父さんは「ざっ……シロわんわんだよ」と答えました。

 私は、次第に小さくなってゆく親子のうしろ姿を眺めながら、お父さんの言った「ザ・白ワンワン」の意味について考えました。なぜお父さんは白ワンワンに冠詞をつけたのであろう、と。そして気づいたのです。「ざっ」は「THE」ではなく「ざっしゅ」の「ざっ」であると。「ざっしゅわんわんだよ」と言いかけて「シロわんわんだよ」と言い直したのだと。なにせ、種が雑と書いて雑種ですからネ。お父さんの微妙な「ゆらぎ」が、「THE白ワンワン」となって現れた夕方でした。
                     
                                          
             
 こうして、チルー巡査と私の散歩、いやパトロールは、この地球上で繰り広げられている小さな小さな事象を目の当たりにしながら、毎日、朝晩繰り返されているのです。
(2003年『S.P.Splendid!』11月号掲載)


2006-02-10 10:42  nice!(0)  トラックバック(1) 

Vol.4 ~犬の好きな、匂いと味~ [犬ばか歳時記]

犬の匂い・自分の匂い

 唐突ですが、自分が動物くさいとき、ありますよね? たとえば、前の晩にお酒を飲み過ぎて、風呂に入らずに眠ってしまい翌朝起きたときや、何かに没頭して徹夜してしまったとき。もしくは、異常に興奮して、のどが渇いてしかたがなくて、ただの水が本当にうまいとき。こういうとき、ふと自分の匂いを嗅いでみると、飼っている犬に近い、動物くさい匂いがする。ちょっとワクワクする匂いです。犬もいつもより熱心に私の匂いを嗅ぎます。


 動物くささって、すえた匂いというのとはまた違って、くさいが嗅いでいたい、懐かしさのこみ上げてくる匂い。とくに犬の耳の中は、そこからタイムスリップできるぐらい、すてきな匂いです。うちの犬、紀州犬雑種のチルーは、雨の日になると、ほのかに納豆の匂いがし(風呂ぎらいだから)、口の中が金魚くさいときもある(魚の頭を食べるから)。そういう匂いでも、自分の犬ともなるとぜんぜん平気。つまるところ愛だな、愛。

       

                                            

 犬のほうも、人の体の中で、脇の下や股間など「匂いの強いところ」を嗅ぎたがる。嗅いだあとに、「くせっ」という感じで鼻を鳴らされるとちょっとヘコみますが……。チルーは人工的な匂いが嫌いで、香水や虫よけスプレーのたぐいは嫌がるので、極力つけないようにしていますが、オリジンズのジンジャーの香りのボディオイルだけはたいへんお気に入りらしく、私がつけていると体をこすりつけてきます。一般的に、エッセンシャルオイルを薄めたやつは、犬にも心地よい匂いのようです。


 よく晴れた日には、犬の背中がお日様の匂いになります。イコール、干した布団の懐かしい匂い。犬はどんなに猛暑の日でも、かならず体を直射日光に当てるから、晩になっても背中にはお日様の匂いが残っている。犬枕で寝たら最高だなぁと思い、まるまって眠っている犬の上に自分の頭をのせて実行してみましたが、犬の呼吸はめちゃくちゃ速いので、お腹がふくらんだりへこんだり忙しくて、意外と枕には向いていませんでした。

 

犬の味覚
 
 犬は散歩中にほかの犬に会うと、まず尻の匂いを嗅ぎあいます。尻の穴を嗅ぎあうのが初対面の挨拶なんて、人間からしたら「何もそこまで直球でなくても」と思いますけれど、その匂いで個性や好みがすぐに判明するのだから話が早い。

チルーの場合は、ご近所の雑種のオス犬、「茶々」と「キューちゃん」が大好きですが、どっちも淡泊な性質で、チルーのほうがしつこい。しかしたまに遠出して堤防のほうに出かけると、知らないオス犬が一匹でひょっこりやってきて、挨拶していると思ったら上に乗られそうになって間一髪、なんてこともあります。こういうとき、メス犬の飼い主というのは必死です。


 散歩中のチルーは、ほかの犬がしていったオシッコやウンコの跡を、執拗に嗅ぎます。いったいどれだけの情報がオシッコに含まれているのか。「僕はポチ。ここがなわばりです」といった自己紹介のほかにも、「健康」とか「糖尿気味」とか、「いま、恋してます」とか「朝ごはんは米とみそ汁だった」とか、そういうことまで分かるのか、とにかくしつこく嗅ぐうえ、舐めることさえあります。たとえ大事な情報の収集とはいえ、他犬のオシッコを舐めるのはどうかと思う。人間が食べているものを、「くれー、くれー」と催促しておいしそうに食べる、その味覚と、オシッコを舐める味覚と、犬の中でどう両立しているのか、謎です。しかも、そういうものを舐めたその舌で、私の顔を舐めようとするのだから……嫌です。

                                                  
 さて、今回の写真は、私が出会った「つながれていない雑種犬2匹」をご紹介します。一匹は、京都・大原の駐車場に寝ていた、きっと呼び名は「くま」であろう、ふさふさの毛をした雑種犬。この駐車場は無人で、お金を木箱に入れるというアバウトなシステムでしたが、「くま」(仮)のコワモテのおかげで見事に秩序が保たれていました。

                                                                                                                                                                                           
 もう一匹は、大阪の神社にいた茶色い雑種。ナント首輪には、小判の形をした金色の根付がぶらさがっていました。きっと金運があがるお守りでしょう。信心深いおばあさんが飼っているのか、つながれていなくても、とても大人しくて、他人には甘えず、つかず離れず。こういうタイプの犬たちに、私はぐっときてしまいます。

(2003年『S.P.Splendid!』10月号掲載)

 


2006-01-26 19:55  nice!(1)  トラックバック(1) 

Vol.3 ~犬小屋とお風呂~ [犬ばか歳時記]

 犬を飼うにあたっては、まず犬の住環境を整える必要があります。チルーの場合は、野趣あふれる紀州犬(たぶん)の雑種なので、庭で放し飼いにすることに決め、大きめの小屋をつくってやることにしました。

さっそくホームセンターで材料を買ってきて組立て、ペンキで青と白に塗り、恐がりのチルーのために、屋根のてっぺんには魔除けのシーサー(沖縄の狛犬)を設置。さらに、飛騨高山の定番おみやげ「魔除けのサルボボ」をぶらさげて、二重に魔除け。これで真っ暗な夜もあんしんです。

                                          
 なにせ、うちへ来てから1週間は、ひとりぼっちで眠ることができずに、夜中に「きゅー きゅー」と声を出して人を呼び、膝の上で寝かしつけてもらっていたチルーですから、小屋もさびしくないようにしなくてはいけません。小屋の前面には、雷除けのお札、グレイトフルデッドのステッカー、炎のシール、そして夫が描いたチルーの似顔絵を貼って、楽しい感じを出しました。

                                                  

また、夏場の暑さを少しでも和らげるため、小屋を地面から10センチほど上げて高床式にして、そのぶん、入り口には階段を。この階段はブロックに白い粘土を貼りつけ、そこにビー玉をしきつめたお手製です。ビー玉が、犬の足の裏にある肉球をほどよく刺激して、健康効果も期待できるスグレモノ! これらの作業はすべて、器用な夫がやったのですけどね……。


 チルー自身は、犬小屋の入り口をガシガシ噛んでガタガタにし、アンティークな感じを演出。靴下やぞうきんを自分でまるめて枕にし、心地よい空間をつくりました。私はといえば、犬小屋に直射日光が当たらないように「よしず」を立てかけてやったり、朝、打ち水をして涼しくしてやったり、和の知恵でチルーを助けてあげています。
 
 不思議なのは、小屋をつくってやると、犬はすぐに、何の疑いもなく、そこに入って寝ることです。どうしてこれが「自分の家だ」とわかるのでしょう? 大きさとか、雰囲気とかかな? それはいいけど、我々がつくってやったことは、わかっているのでしょうか。それとも、「あ、なんだかちょうどいい大きさの穴蔵が、ちょうどいいところに現れた」なんて、漠然と感じているのでしょうか。そのへんは、犬に聞いてみなくてはわかりません。


~無類の風呂嫌い~

 さて、外で飼っていると、犬はだんだんと薄汚れてきます。季節の変わり目には毛が生え替わるので、その過程では、落ち武者のようにモッサリしてきます。

困ったことにチルーの場合、夏前にふさふさの冬毛が生え、冬前にさっぱりした夏毛が生えてきてしまうという間違ったサイクルになっているので、夏まっさかりになってから、「あ、冬毛じゃ暑い」と体が感じてもう一度抜け替わります。というわけで、しょっちゅう毛が抜けたり生えたりしているチルーは、年中無休のボサボサ感。そのうえ京都の「菊一文字」という刃物屋で買った硬派な黒い首輪をしているため、男と間違えられることも、日常茶飯事です。

                     

そういうとき、風呂に入れてきれいにしてあげたい、と飼い主の私は思うのですが、チルーは女子のくせに無類の風呂嫌い。風呂に入れようかなーと心の中で思いながら「おいで」と呼んでも絶対にやってきません。さすが。犬は空気を読む動物です。


 ようやくつかまえて、チルーをかかえたまま風呂場に連れていくと、手足を踏ん張って、拒否の姿勢。 それでも風呂場に放り込み、シャワーで水をかけると、ぶるぶると身震いして何度も水をきり、風呂場の中を走り回って逃げます。犬用シャンプーをつけて無理矢理ゴシゴシ洗うと、観念したようにおとなしくなるけれど、胸のあたりをさわってみたら、心臓の鼓動がトルルルルとドラムロールなみに速くなっています。どんな動物も一生のあいだに打つ鼓動の数は決まっているというから、風呂は確実にチルーの寿命をちぢめている……。

こりゃいかん、とすぐに水をかけてあげても、これもまたチルーにとっては拷問で、ついには目がうつろになり、魂が飛んだ状態になってしまいます。どこをさわっても体がカチコチで、名前を呼んでも聞こえていない。焦点の合わぬ瞳で風呂の天井を見上げているだけです。まるで、古くなって固くなった、ぬいぐるみのように。
 
 風呂から上がると、チルーは一目散に庭へ飛び出し、土に体をこすりつけて毛をどろんこにしてしまいます。風呂に入った日は、匂いの強い植物に体をこすりつけることも多く、散歩のとき、道端にくさい魚の干物なんかが落ちているときには、そういうのにも体をこすりつけます。なにせ、オヤジ臭とイカの薫製の匂いが大好きなチルーのことですから、早く、もとの「犬くさい」自分に戻りたいのでしょう。飼い主としては「あーあ」と言いたいところですが、こういう犬の習性を知るのもまた、犬を飼う醍醐味で、けっこう楽しいものです。

(2003年『S.P.Splendid!』9月号掲載)


 


2006-01-11 16:18  nice!(0)  トラックバック(2) 

Vol.2 ~変わった犬と暮らすには~ [犬ばか歳時記]

 チルーを見つけたのは、大阪の「ぱど」というタウン誌の「差し上げます」欄でした。「紀州犬雑種2カ月」と書かれていたので、ぜひ日本犬の雑種がほしいと思っていた私は、アイスクリームを手みやげに飼い主のもとへ走ったのでした。その日はただ見に行くだけのつもりでしたが、飼い主のおばちゃんの「ええ子やろ。持って帰ってーな。この子だけやねん、残ってるんは」のひと言で、即刻連れ帰ることになりました。
 ゴムまりのように弾むやわらかいからだ、真っ白い毛。私の膝の上で小刻みに震える子犬。小さいながらも、生きものの血潮が、私の皮膚を通して訴えかけてきます。「この世はすばらしい、すばらしいですとも! そうじゃありませんか、ご主人様!」と。
 私は心の底から感動を覚えました。そうしてチルーはアイスクリームひと箱で取引され、私の犬になったのです。

               


 
 おばちゃんの話によると、「おばちゃんの息子が和歌山に旅行に行った際、海辺で拾ってきた白い犬」がチルーの母親で、その犬が大阪に来てからいつのまにか身ごもった犬というのが、チルーたち5匹の子犬だといいます。つまり母犬は「和歌山」「白」の2点で紀州犬と断定された謎の犬、父犬も大阪近辺をうろついていた正体不明の犬ということになります。そう考えると、チルーは非常にあいまいな出生の犬です。現在、完全なる野犬というのはほとんど存在しませんが、「準のら犬」「かぎりなくフリーな感じの飼い犬」「フーテンの雑種」等はまだまだ健在ですから、そうした犬同士の間に生まれたチルーもまた、けっこうなフーテンぶりなのは、いたしかたないのだと思います。

ここで、チルーの特徴的な行動を挙げてみましょう。                  
1呼んでも来ない。(エサがありそうなときは来る)
2玩具で遊ばず、パンティーや靴下を盗んで遊ぶ
3ハチを足でふんづけて遊ぶ
4瀕死のセミを採って食べる
5ハトを蹴散らす
6猫がこわい
7別の犬が50メートル先に見えただけで、ほふく前進する
8大好きな食べ物は地面に穴を掘って隠し、そのうち自分も忘れる                                                 

 放蕩のかぎりをつくす反面で、とても気弱で用心深い。これもチルーの、のら犬的出生が深く関与しているはずで、矯正するのは難しそうです。
 そんなフーテンのチルーですが「散歩」「めし」「うんこ」だけはハッキリとした言語を持っています。
 まず、飛び上がって左右の前足で私をどつきながら、ワオーと叫ぶのが「散歩」。散歩から帰って1分たってもエサが出てこなかった場合、「アオアオア、アオアオア」と高い声で鳴くのが「めし」。それでもエサが出てこなかった場合、「ぐるるる、ごほっ」とオヤジ声で吠えるのが「めし、はよせんかい」。右足で地面をひとかきして、左右の後ろ足で10~20回シコをふんだら「うんこ」。この三大欲求のサインでもって、チルーは人間と意志を交わしているのです。
 
 その一方で、チルーには交信不要の「自分だけの世界」というのも存在します。それは地面を掘ること。掘削作業中のチルーは、いつもとは別の人格『牙』になっているため、「いけない」と叱ってやめさせようとすると、ボスの私にさえ、がるる、と牙をむきます。

そんな調子なので、朝、出がけに庭の角っこを掘っているチルーを目撃した場合、夕方帰ってくる頃には、家の基礎部分が1メートル近く出てしまっているほど、深い穴ができあがっています。そのまま放置しておくと一匹の犬のために家が傾くこともあり得るので、私の夫がチルーの掘った穴を埋めます。そのときのチルーは「ここまで工事が進んだのに、何故」という顔で穴のそばに立ちつくし、また翌日も、掘削作業を再開するのです。
 チルー掘る・オレ埋める・チルー掘る・オレ埋める、のイタチごっこに業を煮やした夫は、チルーの行動をよく観察したうえで、ついにひとつのアイデアを思いつきました。「チルーは、咲いているお花の根っこだけは、掘らない」という事を発見したのです。そこで夫は、花の苗をたくさん買ってきて、家のきわに植えました。するとどうでしょう! チルーは建物のきわを掘らなくなりました。どうしてか、庭の真ん中のほうを掘るのは好きではないようなので、チルーの掘削作業はしばらく鳴りをひそめています。
 
 時がたち、ひさかたぶりに、チルーをくれたおばちゃんが、様子を見に来たときのことです。おばちゃんは、よし、よし、とチルーを撫でながら、
「この子わややろ。うちにいたときから、わややったわ」と笑っていました。
 私はそのとき「わや」という関西弁が分からなかったので、あとから人に聞いたところ、「だめ」「だいなし」という意味でした。でも、おばちゃんが発した「わや」という響きに愛があったので、私はこれを誉め言葉だと思っています。                                                

(2003年『S.P.Splendid!』8月号掲載)


2006-01-04 14:26  nice!(1)  トラックバック(1) 

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